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November 02, 2006

みんな幸せになりたいと願ってる…ダライ・ラマ法王のお話を伺って

色んな言語を話す、色んな人種の人々、

色んな持ち、色んな意見を持つ人々、

そんな色んな違いを持つ全ての人々に共通しているのが

幸せに暮らしたいという願い

苦しみから解き放たれて、幸せになる権利があるということ。

それは、わたしだけ、あなただけではなく、

わたしも幸せならば、あなたも幸せ・・・ということ。

けれど、わたしの幸せ、あなたのしあわせは、

所属しているコミュニティ(社会)の幸せの上に成り立っている。

一番小さなコミュニティである「家庭」の幸せがなければ、

また、家庭の属している地域社会が、民族が、国が、

幸せな社会、繁栄した社会であれば、幸せも成り立つだろう

けれど、そうでなければ 、やはり幸せになるのは難しいのではないか…。

今、原油が高騰すると、直接世界中の国の人々の生活に影響が出るように、私たちの生活はお互いに依存し合っている。

自分たちの幸せばかりを考え、自分たちが所属する地域のことだけ考えても、他の地域の人々が幸せでなければ、やはり、わたしたち自身の幸せにも影響するということに、もっと目を向けよう!

そして、思いやりの心愛と慈悲の心

自分を思いやり、他人を思いやり、

ともに、幸せに

ともに、自由に

ともに、豊かに、

ともに、人間として

生きていきたい。

ただそれだけ、とってもシンプルなこと。

だけど、それがどうしてこんなに時間がかかるのだろうかと思うけれど、私の生きている間は実現は無理でも、将来、そのような世界が実現できるようにしていきたい。

それが、人種も文化も宗教も超えた、わたしたち人間の責任でもある。

そんなメッセージを受け取りました。

昨日から始まった「広島国際平和会議2006 人の未来を考える」での最初のセッションが、ダライ・ラマ法王の「普遍的責任」をテーマにしたお話と質疑応答でした。

他に、南アフリカのデズモンド・ツツ大主教、

北アイルランド紛争解決に母親力を終結された

ベティ・ウィリアムズ女史という

3人のノーベル平和賞受賞者をお迎えしてのオープンサミット。

3人の方たちがステージに出られると、会場はスタンディング・オベーション。

思わず涙ぐむほどの感動でした。

今日は、ツツ大主教のお話と3人を囲んでの

「人の未来を考える」セッションが行われます。

さて、子どもたちの周囲に起こっている様々な問題、

そして、特に、報道を観ての連鎖反応と思われるような、中学生の命を絶つという行為。

子どもたちの心の叫びは、その背景に

教育関係者の叫び、保護者の叫び、社会の叫び、

色んなことが絡まりあって、そのひずみのところで起きているように思えます。

それは決して、限定された誰かの責任だけでなく、

同じ社会に生きている人として、

ひとりひとりが何らかの責任があることを自覚して、

今、自分の周りにあるひずみに、

「思い」を「やる」こと。「気」を配ること。

先生の責任、学校の責任、保護者の責任、

マスコミの責任、社会の責任、

学校やマスコミや社会の責任は、

それを構成するひとりひとりにあり、

そして、責任は、何かあった時に、

追求する為にあるのではなく

ひとりひとりが幸せに生きるために、

日々、なすべきことなのでしょう…。

良い時も悪い時も、「お互いさま」…。

ひずみの中で亡くなっていった子どもたちが考えさせてくれたこと

これ以上、同じような思いの子どもたちが出てこないよう

まずは家庭で、そして学校で、地域で

ダライ・ラマ法王が教えてくださった「シンプルなこと」を

やってみようと思うのです。

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