« ヒロシマの中学生の話 | Main | お買い物後、原爆ドームへ »

June 17, 2006

ヒロシマの小学生の話

その日の朝、登校日だったので小学生達は学校の朝礼で、校庭に並んでしました。

暑い夏の日、校長先生のお話が続く中、飛行機の音が響きます。

B29だ!

空を見上げた子どもたちに、校長先生が注意します。

ちゃんと前を向きなさい!!

校長先生とて、これから起こることを予想だにしていなかったでしょう。

しばらくして大きな爆音が響き、みんな一斉に地面に伏します。

すると何だか遠くに大きな黒い雲が見えて、みんなすぐに家に帰されました。

家に帰ると、爆心地に面した窓ガラスが割れていたそうです。

爆心地から10kmも離れているのに・・・。

仕事や学徒動員で中心部に出かけていた方たちが、ボロボロになって徐々に徐々に町に帰って来たのを見ていたそうです。

また、小学校のグラウンドは、中心部で無くなった方たちの亡骸が運び込まれ、火葬場と化したのだとか・・・。

郊外の小学校だったので、直接被害をうけた子はいないようですが、爆心に近い小学校の子どもたちは、校庭で、一瞬の内に大きな被害を受けたに違いありません・・・。

そんな辛い記憶のあるこの地域の人々、この土地は、そこからまた立ち上がって再生してこられたんですよね・・・。

この土地の歴史、この国の歴史、この星の歴史から学ぶことが、未来へと繋がるんでしょうけれど、中でもこの土地に縁があった私の学ぶべきことはなんだろう・・・!?

昨日の話を聞いてから、しみじみ考えてます・・・。

|

« ヒロシマの中学生の話 | Main | お買い物後、原爆ドームへ »

Comments

mammaさん おはよう
実家の父と母も父は東京だったので栃木の方に疎開して、いじめられたとか食べ物がひどかったとか、色々話を聞きます。母は、九州です直接はそれほどの被害は無いですが、食べる物にも困ったそうです。戦争当時はまだ9才10才だったので、まだ戦争には参加しなかったけど、義母は軍事工場で何か作っていたそうです。
全てが麻痺して、わからなくなってしまっていたと言っています。
私達は、危機感をもって子供の将来を明るい物にしていきたいですね(ノ∀`●)

Posted by: マヤmama | June 18, 2006 at 10:34 AM

戦争の話を読み、聞きしていると
本当に怖いですね、
学生たちも軍事工場で働いた話も聞きました
今のように教育も受けられず・・・
戦後このような世の中に変わりましたが
見直すところは見直し、世界中、平和に暮らしたいものですね。

Posted by: すみれ | June 18, 2006 at 02:05 PM

マヤmamaさん、こんばんは!
東京の方たちは、大空襲があったり、田舎へ疎開してのいろんなご苦労があったようですね。
野坂昭如さんの「火垂るの墓」には、本当に胸が痛みます。
当時はみんな、自分が生きるのに必死だったということなのでしょう…。
そこまで書いていると、本当に今の時代、結構子どもたちも大人たちも、自分のことで精一杯、必時なのかもしれないなあ・・・と思ったものです・・・。

Posted by: mamma | June 21, 2006 at 01:16 AM

すみれさん、こんばんは!

>見直すところは見直し、世界中、平和に暮らしたいものですね。

本当にその通りですね!!
できることを一つずつ・・・ですね!

Posted by: mamma | June 21, 2006 at 01:20 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/84900/10569456

Listed below are links to weblogs that reference ヒロシマの小学生の話:

« ヒロシマの中学生の話 | Main | お買い物後、原爆ドームへ »